僕は青柳裕子さんを尊敬し、愛している( ´ ▽ ` )ノ

青柳裕子さんと言う女性は裕子さんが高校3年生の時から僕が、ずっと崇拝する女性の名前です( ´ ▽ ` )ノ僕が20歳の時には彼女との結婚💒👰を考えてました( ´ ▽ ` )ノでも、僕の片想いです( ´ ▽ ` )ノ1998年から、2017年現在も彼女にプロポーズのラブレター💌を送付し続けております( ´ ▽ ` )ノ僕は彼女の為なら死んでもいいです( ´ ▽ ` )ノ

九州デザイナー学院アニメーション科時代から、その後の自分史(⌒∇⌒)

   


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九州デザイナー学院アニメーション科2年生だった当時の私の自画像

 自画像1宗教法人への入信を考えていた

平成元年当時既にオウム真理教と幸福の科学が存在していた為、どちらかへの入信を考えていた。
福岡県立図書館に麻原彰晃の本があったので、その本で麻原彰晃の顔写真と麻原彰晃の教えを研究し書店では幸福の科学の本を立ち読みして幸福の科学の大川隆法先生の略歴と教えを研究して幸福の科学とオウム真理教を比較した。
結論:麻原彰晃の教えはまともじゃないし、麻原彰晃の顔写真を見る限り悪党面でその内、悪い事をしそうに見える。
大川隆法先生は東大卒の仏陀を自称して僕の考え方にショックを与えた。
その考え方とは学校の勉強をしても何にもならないという当時のマスコミの風潮に染まった考え方をしていたので、東大卒なのに仏陀だというのが僕にはショックだった。
それから大川隆法先生の「真説八正道」という本は至極まともな事を書いてある。
自殺しないで済めば将来は幸福の科学に入会するかもとアニメーション科の友人達に語った。

自画像2皆さんもご存じのアニメとゲームの原案を友人に話した

広島国際アニメーションフェスティバルでピクサーのCGアニメを観た。
このピクサーがあのスティーブジョブズの創業した会社だとは知らなかったが、当時既に日本ではドラクエやファイナルファンタジー、ゼルダの伝説が流行していて私もそれらのファミコンに熱中していたので、これからはコンピューターでアニメを作る時代だと思い友人にもそう話した。
私が住んでいた福岡市にはスタジオぴえろ福岡分室があったので、ここもすぐにでもアニメの作画にコンピューターを導入しないと時代に乗り遅れ淘汰されると発言した。
実際その後の時代はアニメの作画にコンピューターが導入された。
当時は自衛隊をPKOに派遣するかどうかで国会でもめていた。
それから高校生の時に観た押井守さんが監督した「うる星やつらビューティフルドリーマー」で押井守さんに将来性を感じたのがあって押井守さんに監督をしてもらう事を前提にして機動警察パトレイバーの映画の構想を友人に語った。
それから当時「拳児」という格闘漫画や「功夫」という格闘ゲーム、喧嘩芸骨法の堀辺正史さんの著書の
影響を受けて対戦格闘ゲームストリートファイター1と2の構想を友人に語った。
ポケモンのピカチュウとニャース、その他主要キャラクターの設定を友人に語った。
これらアニメとゲームの構想はいずれも現実になっている。

自画像3将来を悲観していた

九州デザイナー学院アニメーション科の絵の先生方は手とり足とり絵の描き方を教えてはくれなかったので、2年間通学しながら絵の腕は向上しなかった。
だから、アニメ業界への就職は諦めていたのが2年生の頃の僕の心境だった。
さりとて高校生の時まで学業は適当にしていたので、セールスマンにはなれず、体も鍛えなかったので、力仕事も不可能だった。
その頃の僕に将来性はなかったので、自殺を考えていた。
自殺を実行する前に加藤諦三さんの著書で紹介されていた静養院断食療養所で断食にチャレンジして起死回生出来ないかと思っていた。


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